妊娠糖尿病
妊娠糖尿病(Gestational Diabetes Mellitus, GDM)は、妊娠中に初めて発見される糖代謝異常であり、母体や胎児の健康に重大な影響を与える可能性があります。ここでは、妊娠糖尿病の診断方法、管理方法、また妊娠糖尿病と診断された方と赤ちゃんが注意することについて説明します。なお、妊娠前にすでに糖尿病と診断されている方や妊娠中に糖尿病の診断基準を満たし糖尿病と診断された方は妊娠糖尿病には含まれません。
妊娠糖尿病の診断方法
妊娠糖尿病の診断は、妊娠初期と中期の2段階で行います。妊娠初期の血糖測定で異常が見られなくても、妊娠中期に再度検査を行い、血糖値が高くないか確認します。妊娠糖尿病は、出産前後の異常や赤ちゃんの発育に悪影響を及ぼすことが知られているため、慎重に検査を進めます。
妊娠初期の血糖測定で異常値が見られた場合、HbA1cの測定またはブドウ糖負荷試験(75 g OGTT: Oral Glucose Tolerance Test)を行います。
ブドウ糖負荷試験の結果、
(1) 正常であれば妊娠中期(通常24~28週)にグルコースチャレンジテスト(50 g Glucose Challenge Test)を行います。
(2) 以下の基準を一つ以上満たす場合、妊娠糖尿病と診断されます。
★空腹時血糖値:92 mg/dL(5.1 mmol/L)以上
1時間後血糖値:180 mg/dL(10.0 mmol/L)以上
2時間後血糖値:153 mg/dL(8.5 mmol/L)以上
(3) 糖尿病の診断基準を満たす場合、妊娠中の明らかな糖尿病として治療を行います。
妊娠中期のグルコースチャレンジテストで、1時間後の血糖値が140 mg/dL(7.8 mmol/L)以上の場合は、追加でグルコース負荷試験を実施します。
負荷試験の結果、★の基準を一つ以上満たす場合、妊娠糖尿病と診断されます。
妊娠糖尿病は、過去に妊娠糖尿病と診断されたことがある方、肥満の方、ご家族に糖尿病の人がいる方、アジア・ヒスパニック系の方、年齢の高い方、多胎妊娠(双子以上の妊娠)、多のう胞性卵巣症候群の患者さん、巨大児(4,000 g以上の大きな赤ちゃん)出産歴のある方がなりやすい病気です。無事に元気な赤ちゃんを出産するために、肥満の方は妊娠前にしっかり体重管理を行いましょう。
妊娠糖尿病の管理
妊娠糖尿病の管理は、適切な食事療法、運動療法、そしてインスリン療法によって行われます。血糖値は厳重に管理を行います。食後の高血糖を起こさず、空腹時にケトン体が作られないようにします。
食事療法:カロリー制限とバランスの取れた栄養摂取を基本とし、食後高血糖が見られる場合4~6分食にすることで血糖値を安定させます。妊娠中はお腹にいる赤ちゃんの成長のために通常より多めのカロリーが必要です。栄養士の先生に相談しましょう。
運動療法:適度な有酸素運動は、妊娠中であっても推奨されます。医師の指導のもとで安全に行うことが重要です。ただし、腹部を圧迫したり、体がぶつかり合うような激しい運動は避けましょう。また、切迫早産の方は運動をしてはいけません。
薬物療法:インスリン療法が推奨されます。ペン型のインスリン製剤を1-4回皮下注する方法とインスリンポンプ療法があります。持続血糖測定器(Continuous Glucose Monitoring: CGM)で血糖値を細かく測定した方が、妊娠中の血糖コントロールが良く、赤ちゃんの問題も少ないことが報告されています。
すべてのインスリン製剤が妊娠中に安全に使えるわけではありません。妊婦さんを対象とした臨床研究で安全性と有効性を検証されたインスリンには限りがあります。詳しくは主治医にお問い合わせください。経口血糖降下薬は赤ちゃんへの好ましくない影響が懸念されるため、原則として使用されません。
血糖値の管理目標
妊娠糖尿病の血糖値管理目標は、母体と赤ちゃんの合併症リスクをできる限り小さくするために厳しく設定されています。
空腹時血糖値:95 mg/dL(5.3 mmol/L)未満
食後1時間血糖値:140 mg/dL(7.8 mmol/L)未満
食後2時間血糖値:120 mg/dL(6.7 mmol/L)未満
これらの目標値を達成することで、赤ちゃんの異常、難産、出生時の低血糖を防ぎ、妊婦さんが将来糖尿病やメタボリックシンドロームを発症するリスクを小さくします。
妊娠糖尿病と診断された方と赤ちゃんの将来は?
妊娠糖尿病と診断された方は、血糖値の管理が不十分な場合、妊娠中や出産後にさまざまな合併症を引き起こすリスクがあります。
母体への影響:妊娠糖尿病は妊娠高血圧症候群や帝王切開の増加、将来的な2型糖尿病の発症リスクを高めます。妊娠糖尿病と診断された方は、妊娠糖尿病のなかった人に比べ、将来2型糖尿病になる可能性が約7倍高くなります。出産後6-12週間後にもう一度グルコース負荷試験を受けて血糖値が正常に戻っているかどうか調べてもらいましょう。赤ちゃんを母乳で育てると将来の糖尿病発症リスクが減ることが報告されています。
赤ちゃんへの影響:巨大児、出生後の低血糖、呼吸困難、黄疸などのリスクが高まります。また、その後の成長過程で肥満になったり代謝異常の発症リスクが高くなったりすると言われています。
まとめ
妊娠糖尿病は、妊娠中に初めて発見される糖代謝異常で、母体や赤ちゃんの健康に大きな影響を与えます。適切な診断と管理を行うことで、妊娠中や出産時の異常を防ぐことが可能です。また、妊娠糖尿病と診断された方は、出産後も定期的に検査を受け、糖尿病の予防に努めましょう。
<参考文献>
糖尿病診療ガイドライン2024
日本産科婦人科学会.妊娠糖尿病(https://www.jsog.or.jp/citizen/5706/)
Feig DS, Donovan LE, Corcoy R, et al. Continuous glucose monitoring in pregnant women with type 1 diabetes (CONCEPTT): a multicentre international randomised controlled trial. Lancet. 2017;390(10110):2347-2359.
HAPO Study Cooperative Research Group, Metzger BE, Lowe LP, et al. Hyperglycemia and adverse pregnancy outcomes. N Engl J Med. 2008;358(19):1991-2002.